幻想
50
そう考えると、納得がついた。
わざわざ嫌いな私の下へ足を運ばせられるのは、ヨルダン様と私の関係に誤解を生じさせるため。そしてそれにより私が苦しむ姿を御覧になりたいということか。
なんと、いかに私は陛下に深く厭われていることだろうか―――。
「そう言って、また僕を騙そうとしているんでしょ!昨日だって、その前の日だってそうだ!!!馬鹿みたいっ!そんな言葉を信じようとしていたなんてっ………」
そう言って、堪えきれなくなった大粒の涙がエーリオの頬を伝う。
その姿があまりに痛々しくて、胸を抉る。
「落ち着いてくれ、エーリオ。本当に、私と陛下の間には何もないんだ。昨夜だって直ぐに陛下は帰られた」
「――そう、それでその足で僕の部屋までやって来た」
何とかエーリオの誤解を解こうと、言葉を紡ぐ。取り敢えず話合うためにも、エーリオには落ち着いてもらわなくてはならない。冷静になって、私の話を聞いてもらう必要がある。
そんな私の思惑通りか否かは知らないが、エーリオは落ち着きを取り戻していた。
いや、これを落ち着き、というのは浅はかだった。
これは、嵐の前の静けさと言うものだ。
自分の感情を何とか押し殺して、語るエーリオの姿に、私は黙って聞いているしかなかった。
「やっと陛下が来てくれて嬉しかった。やっぱり僕のところに戻ってきてくれたって。嬉しくて、陛下に抱き着いたら―――乱暴に突き放された。陛下は僕にこう言ったんだ“今はラウルだけが私の寵愛を得られる立場。お前の番は終わった”って。それならどうして僕の部屋にって聞いたら、何ておっしゃられたと思う?“ラウルが主のことを気にしておってな。昔の寵愛の相手を気にするなど、愛い奴よな”っだってさ」
馬鹿げている。全く、事実無根の作り話だ。
そんな訳が、ある筈がない。
だと言うのに、ヨルダン様がそれをおっしゃられれば私がいくら否定しようど“真”になってしまう。ヨルダン様がまさかそんなことをなさっていたなんて……。
目の前が真っ暗になった。
「この時の僕の気持ちが分かる?僕のことを慰める振りして、裏では上手いことやってたなんて。本当、とんだピエロになった気分だったよ。――――信じたかったのに……全部嘘で、ラウルの言っていることが本当だって。なのに……!!」
目の前のエーリオの瞳が妖しく光った。
次の瞬間には再びの衝撃。今度は反対側の頬を打たれていた。
「ラウルなんて、大嫌いだっ!!!死んじゃえばいいのに!!!」
打たれた頬よりも、胸が、心が苦しかった。
まさかエーリオにそんなことを言われるなんて。
親族の誰もいない後宮で、私を一身に慕ってくれたエーリオ。歳の離れた兄のように私を頼り、心を通わせてくれた。それなのに、今、私の目の前に立っているのは、私を仇のような目で睨み付けるそんな姿のエーリオだった。
「返してよ!僕の陛下なんだから!お前のものじゃない!!!」
「私は………」
何と言われても、私にはどうすることもできなかった。
「――――エーリオ殿。貴方は何を思い違いなさっているのでしょうか。陛下は貴方一人のものなどでは断じて御座いません」
何を言えずにいた私の代わりに口を開いたのは、アナスタシア様だった。
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